日本史の文化史の中で出て来る「大和絵」という作品ですが、イマイチその定義が分かりにくいですよね。平安時代に登場するこのジャンルですが、室町時代以降はどうなったのでしょうか。

代表作もチェックしながら、大和絵について理解していきましょう!

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大和絵の特徴は時代によってバラバラ!?


まずは大和絵の特徴について、簡単に見ていきましょう。

大和絵とは、お隣の中国(唐)の故事や人物、事物を題材にした「唐絵」に対する言葉で、主に10世紀頃から発達した日本語の表現方法を指します。その特徴は時代ごとに変わっている点が挙げられ、当初は『源氏物語』や『枕草子』に代表される「国風文化」の影響を強く受けた作風だったと言われています。

また、貴族が住んでいた家の屏風や障子に盛んに描かれていたのも特徴で、平安時代末期になると「絵巻物」というジャンルも誕生します。しかし、大和絵がどのように発達したのかは分からない点も多く、その特徴の変遷を追うのは難しいのが現状です。

鎌倉時代になると、武士の世の中らしく武士の生活や源平合戦を題材にした絵巻物が多くなります。また、民衆にもわかりやすく教えを説いた鎌倉新仏教の影響を受け、仏教説話や寺社のいわれ、有名な僧侶を題材にしたものも登場しました。

ここで注意してほしいことがあります。鎌倉時代後期の14世紀になると、「大和絵」の定義が「平安時代に確立された絵画様式にのっとって描かれた絵」を指すようになった事です。具体的には、線のような細い目、鉤のような鼻を表した「引目鉤鼻」とうスタイルや、屋根や壁を省略する「吹抜屋台」といった作風が誕生しました。

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大和絵の代表作を時代ごとに解説!


それでは、大和絵にはどのようは作品があるのでしょうか。
時代ごとに代表作を見ていきましょう。

まず、現在見つかっている最古の大和絵として、11世紀に作られた以下の『山水屏風』といった東寺に伝わる屏風があります。

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また、12世紀には絵巻物が作られるようになりました。この時期に作成された『源氏物語絵巻』『鳥獣人物戯画』『伴大納言絵詞』『信貴山縁起』という作品をまとめて「四大絵巻」と呼ぶ事もあります。

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これが鎌倉時代になると、元寇で知られる以下の『蒙古襲来絵詞』をはじめ、『一遍聖絵(一遍上人絵伝)』『男衾三郎絵巻』『石山寺縁起絵巻』と言った、バリエーションに富んだ質の高い絵巻物の作品が生まれます。

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また、絵巻物以外には「似絵」と呼ばれる作品も作られました。
似絵とは、大和絵風のタッチで作成した肖像画の事です。平安時代までは、自分の肖像画を他人に描かせるという風潮は無かったのですが、この時期に登場した藤原隆信、信実親子によって似絵が盛んに作られるようになりました。

こちらの『伝・源頼朝像』はとても有名ですね。

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※参照:鎌倉文化の人物とその代表作を5つ解説!

室町時代の大和絵は土佐派と狩野派をチェック!


それでは、室町時代の大和絵はどうなったのでしょうか。
この時期の代表作についても同時に見ていきましょう。

室町時代の大和絵を語る上で、最も重要になるのは土佐派です。この流派のはじまりは、大和絵の技法を継承した藤原行広という宮廷絵師が、土佐行広と名乗った事がキッカケとなっています。以後、土佐家は代々、宮中絵所預(きゅうちゅうえところあずかり)の職に就きました。

特に土佐光信は朝廷だけでなく、足利将軍家とも強いつながりを持ち、土佐派の全盛期を作りました。代表作は『十王図』『槻峰寺縁起絵巻』、また『後円融天皇像』や以下の『伝足利義政像』といった似絵も残しています。

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しかし、室町幕府や朝廷・公家の地位低下とともに土佐派の勢いは衰えてしまいます。これに取って代わったのが狩野派で、その初代である狩野正信は土佐光信と同様、8代将軍足利義政に仕えていた事で知られています。

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狩野正信の代表作は上記の『周茂叔愛蓮図』(しゅうもしゅくあいれんず)という作品で、その後400年間も続く狩野派のスタイルに、大きな影響を与えました。

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この記事のまとめ


大和絵の特徴やその代表作、室町時代以降の大和絵についてご紹介しました。

大和絵はその後、江戸時代に描かれた「浮世絵」や、明治時代以降に成立した数々の日本画にも大きな影響を与えました。つまり日本の絵画の原点になったのが、この大和絵というジャンルと言えそうですね。今回ご紹介した絵にどこかで出会ったら、描かれた時代のことも思い出してみて下さい。

なお、以下の記事では狩野派の全盛期を築いた狩野永徳について解説しているので、興味があれば一度ご覧になってみて下さいね。

※参照:狩野永徳の作品の特徴や織田信長との関係とは。子孫もいる?