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宮中行事として知られる新嘗祭
そもそもどんなことが行われているか知っていますか?
収穫祭のイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。

また、大嘗祭神嘗祭といった似た言葉を思い浮かべる人もいるかもしれませんね。
ですがこれらの行事は新嘗祭とは違うのでしょうか?

今回は、これら3種の行事についてわかりやすく解説します。
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新嘗祭とは?その内容について解説。


新嘗祭は11月23日に毎年行われる収穫祭で、現在は勤労感謝の日としても知られています。もともとは大祭と呼ばれる主要な宮中行事の1つで、読み方も「にいなめさい」「にいなめのまつり」「しんじょうさい」といった複数のものがあります。

この祭りの内容ですが、天皇陛下が五穀を日本神話の様々な神々に捧げて豊作を感謝し、また天皇陛下自らもその五穀を食すものです。五穀とは、その時の主要な穀物という意味なので特に指定はありませんが、古くから稲・麦・粟・大豆・小豆が代表例とされています。

新嘗祭は「宮中三殿」(きゅうちゅうさんでん)と呼ばれる、皇居にある神道の神さまをお祀りする建物で古くから行われていました。記録では飛鳥時代から行われていたとされ、一時中断されていましたが、元禄時代に再開され、現在では宮中でもっとも大切なお祭りとされています。

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大嘗祭とは?新嘗祭との違いについて。


一方の大嘗祭(だいじょうさい)の内容は新嘗祭と全く同じなのですが、これはその時代の天皇が即位して初めて行う新嘗祭の事を指します。よって詳細は新嘗祭と同じであり、ここ最近では2019年の11月14、15日に行われています。

大嘗祭が新嘗祭と別のものに始めてなったのは、673年に即位した天武天皇の時代だとされています。当初大嘗祭と新嘗祭はハッキリとは区別されていなかったそうですが、律令制の時代になると、天皇が即位するごとに大嘗祭が行われるようになりました。

その後、応仁の乱や戦国時代では朝廷が貧しくなり、大嘗祭は実施が難しくなります。1545年に即位した後奈良天皇は、大嘗祭が行えないことを謝罪した程でした。その後江戸時代になって国内が安定すると行われるようになり、現在に至っています。

神嘗祭とは?行われる時期がズレた理由について。


また、神嘗祭(かんなめさい)は新嘗祭と同じく五穀を日本神話の神々に捧げるお祭りなのですが、行われる時期が10月17日である点が異なります。この日は伊勢神宮の正月とも言われており、神嘗祭を機に装束などを一新するのも特徴です。

内容はその年の初穂、つまり初めて収穫された稲穂を天照大神に捧げるというもので、宮中と天照大神を祭っている伊勢神宮で行われています。実はこの神嘗祭、もともとは9月17日に行われていたのですが「9月では稲穂がまだ収穫できない!」という事情で、明治時代に入ってから1ヶ月ずらして行われるようになったという事情があります。

なお、神嘗祭や新嘗祭の真ん中の「嘗」という字の由来ですが、饗の字が変化したという説があり、神を饗宴する、食べ物でもてなすという意味が名前の由来になっています。その一方で、新嘗祭が勤労感謝の日として祝日になっている一方、神嘗祭は「祭日」ではあるのですが「祝日」ではないので、休日にはなっていません。今後、祝日が増える際に神嘗祭が行われる10月17日も国民の休日になる事もあるかもしれませんね。

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この記事のまとめ


新嘗祭、大嘗祭、神嘗祭の違いについて簡単にご紹介しました。

いずれも収穫祭という点で共通していますが、内容が若干変わっていますね。日時で言うと神嘗祭が先で主神である天照大神に穀物を捧げたあと、新嘗祭で他の神々へも捧げ、その後で天皇も食すという流れになりますね。内容としては理にかなっています。

また大嘗祭は名称こそ違うものの、新嘗祭の1種です。即位して初の新嘗祭は天皇の在位中1度きりということから、特別性が認められて区別されたのでしょうね。

以下の記事では新嘗祭の詳細について解説しています。
よろしければあわせてご覧になってみてください。

※参照:新嘗祭の内容やその起源について。勤労感謝の日との関係は?