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お城を見学するなら天守閣をみたいと思うかもしれません。

しかし、そもそも天守閣の意味についてご存知ですか?お城には必ず天守閣ってものがあって…なんて語っていたら、笑われてしまうかもしれませんよ。

でも記事を今、記事を読んでいるあなたは大丈夫!
この記事では、天守閣の意味とその役割、お城との違いを説明するので、心配いりませんよ。
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「天守閣」の意味は宗教が起源にある!?


天守閣とは、お城の象徴的存在となった建造物の名前で、織田信長や豊臣秀吉が活躍した安土桃山時代に流行しました。

秀吉が大坂城や伏見城を完成させると、他の大名も相次いでこうした天守閣を築くようになります。
しかし、江戸幕府になり乱世が終わった事や、幕府が発布した武家諸法度や一国一城令により、天守閣の意義は薄れ、新しく造られる事も次第になくなりました。

なお、この「天守閣」という呼び名は明治時代以降に呼ばれたもので、当時の人々は「天守」と呼んでおり、他にも殿主、殿守、天主などと表記されています。


「天守閣」という言葉の起源ですが、帝釈天(たいしゃくてん)という仏教の神様によるものや、キリスト教思想における天主(ゼウス)をまつった建物であるという説、あるいは単に主殿を守るための建物という説があるのですが、正確な意味は明確ではなく、いまだ謎が多いです。

ブームになった時代を考えるとキリスト教や海外の影響なのではないかと感じます。

※参照:南蛮文化とは?伝わったものやその影響について!

天守閣が持つ4つの役割とは?


非常に目立つ天守閣ですが、ここでは天守閣の役割を4つ見ていきましょう。

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1.城内外の監視
天守閣は高い場所にあり、周りを見渡すことができます。
場内だけでなく、城外、遠方など広範囲を網羅できるので、戦でも有効でした。


2.権威の象徴
城をみた時に、天守閣は非常に目立ちます。そのため武将や大名の中には、自身の権威を示すために天守閣を利用している武将もいました。特に江戸時代以降は、この権威を象徴する目的が強くなったとされています。名古屋城や広島城の天守閣は、派手な見た目と異なり、内部は簡単に作られています。

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3.行事・避難場所
江戸時代初期は城主の権威を象徴する役割を担っていた天守閣ですが、儀式や緊急時の避難場所として利用された例もあります。岡山城や熊本城の天守閣は、書院造の要素を含んでいます。


4.倉庫
権威の象徴や儀式などの用途があった天守閣ですが、ものを置く場所としての役割を果たしたことも少なくなかったようです。
江戸時代以降は争いがほとんどなくなってきたので、軍事的目的や権威を象徴する天守閣の役割が薄れていったのだと思います。

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全体的には、戦で使うというより城主の権威付けという意味合いの方が強いみたいですね。

また「周りを見渡す」という役割も、戦に備えるというよりかは政治の一貫としてという意味が強かったのではないかと感じます。

天守閣とお城は別物!その違いとは?


あなたは、お城と天守閣が同じものであると思っていませんか?

実は、お城と天守閣は別物です。両者の違いは何なのでしょうか。


天守閣は、城の中にある高層建築であるので、城の建築物の一つです。

一方のお城は、戦のための防御を目的とした砦です。大名が自分の領地を支配するための拠点であったり、自分たちの住居としての役割も果たしています。他にも食料や武器、資金などを蓄えており、生活のための場所ともいえます。


そのためお城の中には天守閣がないところもあります。
天守閣は必須ではないのです。むしろ天守閣があるお城の方が日本では珍しいと言えます。

例えば江戸城はもともと天守閣があったのですが、明暦の大火によって天守閣が焼け落ちてしまいました。しかし、当時の幕府の方針によって城下町の復興を優先させたため、天守閣が造られる事はありませんでした。江戸城の場合、天守閣の役割の1つである場内外の監視は、富士見櫓という建物が担う事になります。


現存する天守閣のあるお城は以下の12城です。

・弘前城
・松本城
・丸岡城
・犬山城
・彦根城
・姫路城
・松江城
・備中松山城
・丸亀城
・松山城
・宇和島城
・高知城



これ以外では、各地で天守閣を復元しようとする動きが起きています。大坂城の天守閣は、復興された天守閣の代表例と言えると思います。

天守閣、お城ともにこの時代の影響が強いことからも混同してしまうかもしれませんが、この記事を読んでいるあなたはもう大丈夫ですね。

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この記事のまとめ


天守閣はお城の象徴的な存在という意味合いがあり、その言葉の起源は諸説あって定かではありません。
「お城」という言葉が戦のための防御などを目的とした建物なのに対し、天守閣は「お城の中の飾り物」といった意味合いが強いのが特徴と言えます。


織豊政権、徳川幕府初期に天守閣を造る動きが活発になり、その役割は戦や権威の象徴でしたが、それらの目的は徐々に薄れていきました。

天守閣は、お城にある建築物の中で最も目立ちますが、存在しない城もあります。
お城を実際に見学してみると、派手な外見と簡素な内部の差に驚きますよ。

なお、以下の記事では山城、平城、平山城の違いについて解説しているので、興味があれば一度ご覧になってみて下さいね。

※参照:山城、平城、平山城の違いとは?城郭建築の特徴を解説!